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「日本の映画産業の現状と課題」―― 掛尾良夫インタビュー

『カメラを止めるな!』が大ヒット、アニメーションも好調、『ボヘミアン・ラプソディ』も莫大な興行収入をあげるなか、観客動員数もさほど落ちずに維持できている映画シーン。そこに課題はないのか? これから映画を取り巻く環境はどうなるのか? 『キネマ旬報』編集長、キネマ旬報映画総合研究所所長、映画ビジネスデータブック編集長、NHKサンダンス映画賞・国際審査員などを歴任し、現在、城西国際大学で教鞭をとっている掛尾良夫氏に、日本の映画産業の現状と課題を語ってもらった。
(取材・構成:大作昌寿、森内淳)




―― 2018年『万引き家族』や『カメラを止めるな!』のようなヒット作品が出ましたけれど、総じて掛尾さんが思われている日本映画界の状況というのはどんな風に考えられていますか?

掛尾良夫 ずいぶん前からシネコンが普及してもうそろそろ20年近くになりますが、上映システムが高度に効率化されるようになりました。効率を優先して映画を上映していくわけですよね。だからヒットする作品にスクリーン数を多く与えて、ヒットしない映画はもう3日目から隅に追いやられるみたいな。そういうことの結果、ヒットする映画と不入りの映画の二極化というのが、シネコンによって現れた現象なんだけれども、それがより強く出てきて、それが今までは色々な要素が絡んでいたのが、2018年はそれがある形になって出てきたという風に思うんですよ。

―― それはどういう形なんでしょうか?

掛尾 そのひとつは昔から強かったけれど、まずアニメが非常に好調で、ヒット作の中でほぼ50%近い興行収入のシェア、とにかくシリーズ始まって30年以上の『ドラえもん』と、『名探偵コナン』が、この3年間、毎回興行収入の記録を更新しているわけですよ。それは30歳になってもファンが『コナン』を見続けて、新しく10代になった子どもたちも『コナン』を見るという化け物みたいな状況になっているんです。アニメファン向けのアニメもアニプレックスがソニー本体の決算に影響するくらい大きな規模になっていった。一方で実写はどうかというと、2018年の興行収入は2017年対比97%くらいなんです。前年比は悪いけど、2000年以降は3番目という意味では安定した結果になりました。ところが、2000年以降3番目の好成績でありながら、例えば、ずっと業界をリードしてきた東宝の劇映画の中でもヒットする映画とヒットしない映画が現れてきたんです。とくに実写ですよね。日本の実写映画の将来に対して楽観できないような状況になってきた。『劇場版コード・ブルー』は相変わらずヒットしているけれども、その一方で2018年に10億円に達しなかった映画が東宝の劇映画でかなりの本数があったんです。

―― 実写が息切れしてきた原因は何だと思いますか?

掛尾 『コード・ブルー』はドラマの映画化で大きなヒットをしたけれど、映画か出来るドラマの在庫が尽きて来た。テレビ局と映画会社が組んだとしても、前ほど映画化するドラマがなくなったということですよね。

―― その一方で『カメラを止めるな!』のヒットもありました。

掛尾 『カメラを止めるな!』、それと洋画ですが『ボヘミアン・ラプソディー』とかがヒットしたわけですが、これはシネコンならではのヒットです。昔だったら『カメラを止めるな!』も『ボヘミアン・ラプソディー』ヒットの規模があんなに大きくならなかったと思います。SNSで火が付くと、シネコンがスクリーン数を多く与えて、さらにすごい勢いになる。それが日本の新しい傾向です。昔だったら中々なかったわけですよね。もしかしたら、そういう作品が年に数本、「誰もコントロールしないでヒットする映画」が出るかもしれませんね。

―― 2018年の興行収入が前年比97%ということは、全体の観客動員数に関しては楽観できるということでしょうか?

掛尾 現状はこの十何年、映画観客数が1億7千万人とか6千万人台とか、まぁその前年対比97%とかっていうある水準を微減微増でずっときてるんですよね。固定の観客動員の延べ人数が1億6千から8千万人くらいの間で、『君の名は。』だとか『シン・ゴジラ』だとか『ボヘミアン・ラプソディー』のようなヒットが出ると、映画を見る人がさらに増えています。映連(映画制作者連盟)の年初の記者会見で東宝の島谷社長は「TOHOシネマズに限って言えば、観客層が若干、若返っている」と話していましたが、全体的にはどんどん高齢化しているように思えます。中長期的に、とくに劇映画が今後どうなっていくんだろう、というある種の不安や懸念される要素が顕在化したのが2018年だったかな、と。それは観客だけではなく、製作側も若返りや人材育成はこれから大きな問題になっていくと思います。

―― 映画の現場で働きたい若い人たちは減っているんですか?

掛尾 テレビも含めて映像製作の現場の働く環境が厳しく、若い人がスタッフとして働き始めても、続かないで去っていく人が多い。国はndjc(若手映画作家育成プロジェクト)などでクリエーターの人材育成をやっていますが、働く環境を良くしようというのではないので、なかなか労働環境は良くならない。DVD市場の縮小で、独立系の映画製作は、どんどん低予算化しています。一方で、テレビ局など大手産業の下での製作だと「働き方改革法」で夜8時なると残業できない。すると撮影日数が伸びる。時給を上げるとなるとコストアップになって、2時間ドラマを打ち切という現象が起こっていくと思います。

―― 打開策はあるんでしょうか?

掛尾 例えば、高額化した制作費も、ハリウッドなら地球上に配給網を持ってるから回収できるわけですよね。中国も、国内に巨大な市場を持っているからそこで回収できる。今、映画産業はハリウッドと中国が中心になって世界を支配していると言える状況で、韓国、香港、台湾のような自国の市場が小さい国はどうしているかというと、海外も視野に入れて人も動いているわけです。しかし日本はそうじゃない。なぜなら、今まで国内市場もそこそこの規模があり、海外に映画を売り込むことにあまり力を入れてなかった。人的にもあまり海外には出なかった。そういう中で東宝がハリウッド版『ゴジラ』とか『シン・ゴジラ』で海外への展開を少しずつやってきたけど実写映画では「日本語の日本映画」を世界で展開するのは難しいのには変わりはありません。だから、これからどうやって海外と組んでいくかということになると思うんです。ただ、ハリウッドや中国と組もうとしても、制作費の規模が違い過ぎる。日本の劇映画はなかなか海外に行きにくいんです。

―― 例えば『万引き家族』はカンヌ国際映画祭でも高い評価を得ましたよね?

掛尾 『万引き家族』の是枝裕和監督ブランドはフジテレビとGAGAが丁寧に長い時間かけて育てあげ、現在のポジションを築いたわけです。同じようにカンヌのコンペに招待された濱口竜介監督の『寝ても覚めても』や、他にも石井裕也監督、山下敦弘監督など、若い作家の作品が世界の映画祭に出品されて、評価されるというのは日本映画の強さではあるわけですが、それが産業になっているかというとそうじゃない。そうなると、監督はともかく、製作スタッフは年齢や経験を重ねてもなかなか環境は良くならない。若い人が映画の現場に入って、普通に結婚して子供を育てるということ、映画の仕事を職業としてやっていくのは中々難しい。ということで、映画をやる人がどんどん少なくなる。映画やテレビの現場に行くと若い人が少ないですね。

―― すべてが『万引き家族』のようには行っていない。

掛尾 日本の場合、インディペンデント映画と、東宝・東映・松竹といった大手の映画がパラレルワールドのような関係にあります。それがなんか難しいところですよね。独立系で低予算映画作っている監督たちが大手のエンターテイメントをやりたいかと言われるとあんまりやりたがらないですし。また大手のプロデューサーたちがそういう監督たちを起用するかというとあまり起用しない。独立系の作品がキネマ旬報ベスト・テンに入っても興行的に制作費を回収できる作品は多くありません。チキンラーメンを作った人が「良い商品と売れる商品は違う」と言っていたのと同じことが起こるわけです。

―― どこかいい着地点はないんですか?

掛尾 例えば『ROMA ローマ』みたいな現象が海外では起きていますよね(Netflixが制作し、第91回アカデミー賞で作品賞を含む10部門でノミネート。外国語映画賞、監督賞、撮影賞を受賞)。

―― 配信は野心的な作品も多いですよね。

掛尾 ところが配信に関しても、日本は普及の速度が非常に遅いんです。独立系の映画の製作費はDVDの売り上げを前提にあったわけですよ。そのMG(ミニマム・ギャランティ:DVDやBlue-rayを販売する会社が映像化権を取得する際、販売数に関係なく支払う最低保証金)が出なくなったから、製作費がどんどん縮小していますが、NetflixやAmazonプライムが縮小したDVDに代替するものにはまだなってないんですよね。ビデオ・レンタルが急成長したような勢いはない。いずれは配信の時代になると思いますが、配信は、DVDのMGは映画製作を支えたような構造にはならないと思います。

―― そういう状況の中、『カメラを止めるな!』は一筋の光明になるのではないですか?

掛尾 映画製作は厳しいと言われながら、相変わらず独立系の映画制作は活発で、テアトル新宿も来年の春くらいまでもう劇場が埋まっていると聞きます。『カメラを止めるな!』の場合、途中からアスミックが配給を手がけたことで大きな広がりになりましたが、ENBUゼミだけだったらこういうことは起きなかったでしょう。「カメラを止めるな!」の影響で一発狙いの映画製作は増えると思いますが、これが打開策になるとは考えられません。

―― 世界的に見ても同じような傾向にあるのでしょうか?

掛尾 日本はまだ頑張ってる方で、フランスなんかは自国の実写映画のシェアって35%程度ですね。イタリア、ドイツ、オランダなどヨーロッパの国々の時刻映画のシェアはもう10%もないくらいです。それぞれ国内で上映されている映画は、ハリウッド映画がほとんどで、じこく映画はごくわずかです。そういう中でアニメを含めて自国シェアが50%を超えている国って、中国は別にして、韓国と日本くらいなんですよね。だからそこではまだ健闘している部分はあるけれど、中長期的にはちょっと厳しくなっていくんじゃないかと思いますね。

―― 日本の映画界に、将来こうなってほしいみたいなことはありますか?

掛尾 映画はものすごく多様化していて、ハリウッドでも『アベンジャーズ』のようなSFファンタジー映画から、ウディ・アレン、クリント・イーストウッド作品のように幅があり多様化している。今のハリウッド映画の65%から70%くらいが海外からの収入です。つまり企画の段階から『キャプテン・アメリカ』だとか『X-MEN』やMARVELとかDCのファンタジー作品は世界商品として企画されてるんですね。一方でウディ・アレンが作るような映画、スティーヴン・スピルバーグの『ペンタゴン・ペーパーズ』のような国内の政治スキャンダルを扱った作品やクリント・イーストウッドが作るような映画は、限られた監督の企画しか実現しないという現状はあるにせよ、まぁでもそういうのがハリウッド映画の多様性になっているんですよね。『スリー・ビルボード』や『シェイプ・オブ・ウォーター』のようなFOXサーチライトの映画もあるわけで。ハリウッドのすごさっていうのは『アベンジャーズ』を作りながら『スリー・ビルボード』も作るんですよね。それがFOXサーチライトとはいえ、一応メジャースタジオの子会社がやってるわけですから。だから「東宝サーチライト」みたいなものができればいいんだろうけど、中々難しいですよね。例えば、テアトル新宿で公開してる映画は「毎日映画コンクール」や「キネマ旬報ベスト10」とか、その他いろんな映画祭はそういう作品が賞をとるけど「日本アカデミー賞」にはノミネートもされるのは例外的な作品だけです。その辺のバランスですよね。ウディ・アレンの映画と『アベンジャーズ』のように、日本も『菊とギロチン』と『コード・ブルー』みたいにアート系の映画と娯楽映画っていう住み分けは出来ているんだけど、良質な映画を作ろうとしている人たちがいつまで続けられるのか? こうあって欲しいというより、今、映画を支えている部分がいつまで維持できるかということが問題です。

―― では映画製作を志す若い人はどこに活躍の場を見い出せばいいのでしょうか?

掛尾 2016年にをわたしが勤める城西国際大学を卒業した宮本華緒さんが2018年に「Los Angeles Film Awards」でベストメイクアップの賞をとったんですよね。これから日本国内の市場が小さくなっていく中でアーティストが活躍する場っていうのを国内に求めても限界があるから、海外に出て行くっていうことを積極的にやってってほしいですよね。日本映画がこうなってほしいって期待したいことはあるけど、今の世界の流れは止められないわけじゃないですか。世界のエンターテインメントの巨大な流れに抗うことはできないから、その中でどうやって自国の映画文化を残していくかっていうのは難しいですよね。

―― 文化庁が芸術文化振興基金で製作費を助成していますが。

掛尾 それも映画の観客が増えない現状を考えると、製作費を助成するだけでなく、子供の頃から映画を見る習慣をつけるため助成金も出して欲しいと思います。例えば、小学校に美術室とか音楽室があるわけですが、シアター室はないわけですよね。フィルムの時代は大変だったけど、デジタルになれば教室1個分あれば30席くらいの、配給会社の試写室1個くらいのシアターは作れるわけですよ。月に1本でも子どもに映画を見せれば、映画を見る習慣がついてくると思うんです。映画文化を残したり観客動員を増やしたりするには、実はそれが一番良いんじゃないかと思っているんですけどね。

<掛尾良夫プロフィール>
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店を経てキネマ旬報社に入社。NHKサンダンス国際賞の立ち上げ、韓国の映画週刊誌「シネ21」との提携、映画検定試験の立ち上げに携わり、「キネマ旬報」編集長などを歴任。現在、城西国際大学メディア学部長教授。

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